Tatehito's Programming Blog

現役プログラマがITっぽいネタを書いてアウトプット欲を満たすブログ

見たいと思った映画を見ようとしないのはなぜ?

やらなきゃいけないと思っているのに、先延ばしにしたり、出来なかったりすることがよくある。やらなきゃいけないことっていうのは、そもそもやりたいと思ったことではないので先延ばしにしがち。

しかし「やりたい!」と思ったことですら、先延ばしにすることがある。

例えば、友達と飲みに行くこと。Facebookに投稿された旧友の記事が目に入って、「コイツ今なにしてるんだろ。飲みにでも誘ってみようかな。」と思い立ったが、結局誘わずに「また今度でいっか。」ってなったりとか。

他にもいろいろあるんだけど、僕によくあるのは、見たいと思った映画を見に行かないこと。

映画なんて1人でも見れるし、映画館に上映時間に行けばいいだけだし、かかるお金はせいぜい¥2,000程度とすごくハードルの低い行為だ。低いというか存在しないに等しい。

全く障害がないのに、なぜ見に行かないのだろうか?本当は見たくないのだろうか。

行きたいという思いが弱いのだろうか?行きたいという気持ちより、映画館に足を運ぶ面倒さが優っているのだろうか?

......たぶん、僕は費用対効果を気にしている。映画を見るには¥2000と、移動時間混みで3時間ほど必要だ。映画を見なければ、このお金と時間で、他のことができるかもしれない、と思ったりする。

このお金と時間をかけた結果、期待通りのものを得ることができるのか。映画がつまらなかったら無駄になるんじゃないか、とも思ったりする。

実際、見に行った結果眠くなるくらいつまらなかったこともあった。

ではつまらなかった映画を見た意味は全くなかったのだろうか?

「この映画つまんなかった」という友人との話のネタにした記憶がある。あとこのタイプの映画は好きじゃない、ということが経験として分かった。そういった意味では、つまらなかったとしても見た意味はある、と言える。

もっと言うと、「見たい!!」と思ったものを「見れた」だけで、見た意味はあるんじゃないか。

行動にはリスクがつきものだ。リスクを考慮するという思考能力は重要であるが、「行動した結果どうなるか」を考えすぎると人生がつまらなくなるんしゃないか。

行動する前は、結果どうなるかはわからない。でも1つだけハッキリしていることがある。行動すれば、「やりたい!!」と切望する自分の心を満たすことができるということだ。